「話せば分かる」が届かないとき、「動くこと」から始まる支援がある

― マラソンランナーでもあり、トラウマセラピストでもある私が、福祉現場で見えてきたこと ―

クライエントの強い感情や反応に影響を受け、面談のたびに消耗してしまう。

「もっと良い言葉があったのでは」と、自分を責めてしまう。

障害福祉の現場で働いていると、そんな経験を感じてしまうことがあるのではないでしょうか。

 

もし今、対話だけでアプローチすることに限界を感じているなら、もしかすると必要なのは、

『より良い言葉』を伝えることよりも、

『動きから始まる支援』を検討すること なのかもしれません。

 

障害福祉の現場では、

「まずは話を聴こう」
「丁寧に対話しよう」

そんな言葉を何度も耳にします。

もちろん、それは大切なことです。

私自身も、動機づけ面接法やトラウマセラピーを学ぶ中で、対話の力を何度も実感してきました。

 

でも正直に言うと、ある時期から、こんな葛藤を抱えるようになりました。

感情調整に苦労されているクライエントを前にすると、面と向かって面談すること自体に、強いプレッシャーを感じることがあったのです。

「今日は荒れていないだろうか」
「何を言えば逆鱗に触れないだろうか」
「今の自分は、この人を支援できるのだろうか」

支援者なのに、少し腰が引けている。

……いや、少しじゃなくて、『かなり』引けていたかもしれません……

そんな時、面談の形を変えはじめた

理論があったわけではありません。

ただ半ば本能的に、

・散歩しながら
・掃除しながら
・軽い作業をしながら

そんな「ながら面談」をするようになっていました。

すると、不思議な変化が起こりました。

 

面と向かうことを警戒していた人が、少しずつ話しはじめる。

感情が爆発しやすかった人の表情が、少しずつやわらぐ。

そして何より…

支援している自分の呼吸まで、少し楽になる。

振り返ってみると、そこには一つの共通点がありました。

“身体が動いていること”

歩く。動く。呼吸が変わる。視線が変わる。景色が変わる。

もしかすると、支援が動き出す前に、まず神経系が動き始めていたのかもしれません。

これは、現場の支援者なら、どこか薄々感じていることではないでしょうか。

 

今回は、

「動くことは、なぜ心にも効くのか?」

というテーマを、近年の研究と、トラウマセラピー、そしてマラソンを続けてきた私自身の体験を交えながら考えてみたいと思います。

なぜ “面と向かう” だけで、しんどくなることがあるのか?

トラウマ理論や神経生理学の視点から見ると、
人は強いストレスを感じたとき、

・闘う(Fight)
・逃げる(Flight)
・固まる(Freeze)

といった無意識の自己防衛反応が起こります。

これは、神経系が「今ここは安全か、危険か、生命にも影響を及ぼす脅威か」を無意識に判断する働きとも関係しています。

ポリヴェーガル理論では、この働きをニューロセプションと呼んでいます。

 

これはクライエントだけに起こるものではありません。

実は、支援者にも起こります。

いやむしろ、支援者あるあるなのではないでしょうか。

つまり、

「あの方との面談は、なぜか疲れる」

という背景には、

どうやら気合いや根性の問題ではなく、神経系同士が安全を探している という可能性を考慮する必要がありそうです。

実は、『動くこと』には科学的な裏づけがあった

「歩くと気分が変わる」
「走ると頭がスッキリする」

これは気のせいでも、スポ根でもありません。

近年の研究では、運動が心身にさまざまな影響を与えることが報告されています。

 

① 運動は「ストレスから戻る力」を高める可能性がある

近年、ストレス耐性を見る指標として、HRV(心拍変動)が注目されています。

これは簡単にいうと、

神経系が揺れても、どれくらい戻ってこられるか

を見る指標です。

2025年のメタ解析では、継続的な運動習慣によってHRVが改善する可能性が示されました。

つまり、

運動は、メンタルを強くするというより、『神経系の回復力』を育てる可能性があるということです。

参考:Frontiers in Cardiovascular Medicine(HRV研究)

 

② 運動は、ストレスホルモンの調整にも関わる可能性がある

慢性的なストレス状態では、HPA軸(ストレス反応システム)が過敏になりやすいことが知られています。

2025年のレビューでは、有酸素運動がこのHPA軸やコルチゾール(ストレスホルモン)の調整に関与する可能性が示されました。

簡単に言えば、

頭で落ち着こうとする前に、身体が落ち着きやすくなる

そんな可能性です。

参考:Frontiers in Physiology(HPA軸研究)

 

③ PTSDや不安症状にも有効性が示されている

2025年のメタ解析では、運動介入によって、

・PTSD症状の軽減
・不安の軽減
・抑うつの軽減
・睡眠の改善

が報告されています。

とくに効果が見られやすかったのは、

週3回・30〜60分・約12週間

という、意外と現実的な運動の条件でした。

まずは歩くことからでも十分意味があるとのこと。

参考:Frontiers in Psychology(PTSDメタ解析)

障害福祉の現場では、どう活かせるのか?

ここで大切なのは、運動を万能薬にしないこと。

あくまで、対話が届きにくい時の、もう一つの入り口 として検討するような位置づけとしてはいかがでしょうか。

たとえば、障害の特性に合わせたアプローチとしては、以下のようなことが考えられます。

 

① Autism Spectrum Disorder(ASD)のある方

感情の言語化が苦手な方に、

「今どんな気持ち?」

と聞いても、

ご本人の中では、

「それが分かったら苦労しないんだけど…」

といったような態度や反応が返ってきた経験はありませんか。

 

そんな時、

・一緒に歩きながら話す
・掃除をしながら話す
・身体を少し動かした後で面談する

すると、

「なんか今日は疲れてるかも」
「身体が凝ってるなぁ」
「ちょっとすっきりした」

など、感情だけでなく、身体感覚からの自己理解や対話がスタートすることもあります。

 

② Attention Deficit Hyperactivity Disorder(ADHD)のある方

「頭では分かっている。でも止まれない」

そんな苦しさを抱える人もいます。

この時、

「もっと落ち着いて」
「ちゃんと考えて」

…と言われても、ご本人も困っています。

有酸素運動は、

・注意機能
・実行機能
・衝動コントロール

への良い影響が報告されています。

つまり、

“話して整える” 前に、“動いて整える”

という順番が合う方もいらっしゃいます。

ただし、いきなり10km走ろうってことではありません。

支援は部活ではありませんからね。

 

③トラウマ反応や愛着の傷つきがある方

こちらが優しく話しているつもりでも、

・怒鳴られる
・避けられる
・黙りこまれる

そんな反応を経験することもしばしばです。

でも、それは
相手に「やる気がない」のではなく、
あなたを「嫌っている」のでもなく、

ニューロセプションによって、神経系が「今ここは安全か、危険か」を無意識に判断している可能性があるということです。

 

そんな時、無理に対話を進めて気張るのではなく、

・一緒にストレッチしてみる
・横並びで少し歩いてみる
・同じ作業を経験してみる

私の経験からはこうした関わりが、トラウマ反応を経験されている人たちの安全感につながったこともありました。

安全感の提供は、なにも言葉だけでするものではありません。

それはトラウマセラピーの現場でも何度も感じてきたことです。

トラウマセラピストであり、ランナーでもある理由

わたしは、トラウマセラピーを実践する一方で、マラソンのチャレンジも続けています。

正直、スタートした瞬間から、

「何で走ってんだろう…」

という、哲学的な時間が始まります(笑)

 

でも毎回感じるのは、

頭で整理できなかったものが、走っているうちに、少しずつ身体の中で整っていく感覚です。

今思うと、私は体力を鍛えていたというより、神経系の回復力(レジリエンス)を育てていたのかもしれません。

 

対話だけに頼ることはない。

ムリな対話を手放してもいい。

 

福祉の現場では、

「もっと聴こう」
「もっと上手に伝えよう」

と努力する支援者ほど、疲れやすいことがあります。

でも、もし言葉が届かない日があったとしても、それは、支援者の力量不足ではないと思います。

もしかすると、必要なことは、言葉ではなく、“まず身体が安全を感じる体験” なのかもしれません。

散歩でもいいし、
掃除でもいいし、
そして、時には一緒に走るのもいいと思う。

支援が変わる前に、神経系が変わり始めることがある。

今日の面談が少ししんどかった支援者の方に、何か一つヒントになれば嬉しいです。

 

それでは、今回はこの辺で。

アディオス・アミーゴ