間違いやすい日本の構造化支援

こんにちわ、SHIP本部事務局ヒューマンリソース推進室の若林です。
 
以前から感じていたのは、
 
なぜ日本では構造化が広まらないのかな?
ということです。
 
研修に来る施設職員は多いのですが、『現場に戻るとなかなか導入が進まない』とか、
『始めてみたけど立ち消えた 』なんて話をよく聞きます。
 
なぜでしょう?
 
色々考えたのですが、
多分導入のきっかけが一部の困難事例に対して『どうしたらいいかわからない』なんてことから始まるからではないかと思っています。
 
困難事例の改善のために新しい試みを取り入れたいというのは当たり前の考え方だとは思います。
 
ただし、魔法のように誰でもすぐ簡単に出来る技法というのもなかなかありません。
 
人は切羽詰まっていると、成果を急ぎます。
初心者が手法をかじったところで、困難事例に対して成果を出すのは困難です。
 

 
 
導入はしても・・・・・・
 
『労力をかけても効果がない』なんて意見が周りから出ます。
『上手くいかないのは支援者の技量の問題』『俺の時は問題ない』なんて話になります。
 
そして徒労感を感じます。
 
考え方は人それぞれです。
考え方で議論しても平行線をたどります。
 
そして最終的に反対意見に折れるしかありません。
 
成果も出ず、労力だけかかるのでは仕方ありませんね。
だから、構造化導入を進めたくても進められないのかなと思います。
 
ただ、ちょっと考えてみてください。
まず導入のきっかけが困難事例の場合、利用者のためよりも職員側の都合によることが多くありませんか?
少しおかしくありませんか?
支援は利用者のためにあるべきです。
 
職員が支援に困っているから構造化が必要なのではありません。
利用者にとって必要な環境を整えるために必要なのです。
困難な利用者にだけ必要なのではありません。
今問題ないから・・・・・
安定してるから・・・・・
周りに影響が少ないから・・・・・
 
それって職員側からの目線ですよね。
 
利用者はどうなのですかね?
 
支援は利用者の人生を左右します。
職員が困っていなくても、利用者にとってさらに良い環境を考える必要があります。

 
日本の福祉は長い間、職員と利用者の関係性を軸とした支援をおこなってきました。
『職員が変わると不安定になる』『私が言えばやってくれる』
そこに利用者の主体性はありますか?
職員の指示で動く利用者が安定しているなんて思っていませんか?
 
それが理想的な支援でしょうか?
 
今までの支援は、人はこうあるべきと健常者が考えたルールにどれだけ近づけられるかを支援の目標としてきました。
優劣でとらえていませんか?
優生保護法なんて恐ろしい法律もありました。
 
人は意味があるから努力できるのだと思います。
構造化を学ぶときにその手法だけでなく、まずTEACCHの理念について学んで欲しいと思います。なぜ必要なのか、どんな意味があるのか、浸透させるにはそれが必要不可欠なことだと考えています。
 
次回は私が学んだTEACCHの理念についておしたいと思います。