ポリヴェーガル理論とトラウマケア:初心者向けガイド
はじめに
トラウマを持つ人たちへの支援は、とてもセンシティブかつチャレンジングな意味合いが強くなります。
激しい言動や関係性の断絶に直面したり、支援の成果が見えなくなったり、無力感を覚えることもしばしばです。
わたし自身、度重なる挫折を経験しましたが、それが原動力となり勉強を続けてきました。
そして『ポリヴェーガル理論』との出会いは一筋の光になっています。
このブログをご覧の皆さんにもポリヴェーガル理論に興味をもっていただくことで、支援観の変容とトラウマインフォームドケアの実践に取り組んでいただけることと思います。
ポリヴェーガル理論とは?
ポリヴェーガル理論は、神経科学者でもあり心理学者でもあるスティーブン・ポージェスによって提唱された理論です。
この理論は、私たちの自律神経系がどのように機能するかについて、新しい理論をもとに説明しています。
端的にお伝えすると、私たちの身体は、自律神経系の働きによって安全か危険かを判断し、それに応じて反応する方法を持っているというものです。
自律神経系の役割
自律神経系には、交感神経と副交感神経の二つの神経があります。
交感神経は「戦うか・逃げるか」の反応を促し、副交感神経は「休む・回復する」の状態を促します。
ポリヴェーガル理論の新たな発見は、副交感神経が2つあるとされたところです!
・腹側迷走神経系:「休む・回復する」の反応を促す、私たちのよく知っている副交感神経です
・背側迷走神経系:「凍結・崩壊」の反応を促す、新たに発見された(ものの実は最も原始的な)副交感神経です
トラウマと自律神経系(交感神経)
トラウマを経験すると、自律神経系の危険センサーはしばしば過剰反応します。
つまり、本当は安全な状況にいるとしても、身体が勝手に危険を感じて「戦うか・逃げるか」の交感神経モードに入ってしまうことがあります。
頭では安全だと分かっているのに、身体が危険を感じてドキドキしたり発汗したりする経験は、誰にでもあるはずです。
たとえば、森でクマに遭遇したとしましょう。
交感神経が活性化して、考えるより先に自律神経系が防衛反応を迫っているような状態です。
これがトラウマ体験を持つ人たちにしばしば発生する激しい反応の一因です。
防衛反応というよりも、身体に沁みついている『生き残り反応』だと考えると腑に落ちやすいかもしれません。
背側迷走神経系と「離人・解離症状」
背側迷走神経系は、極端なストレスやトラウマの状況下で活性化します。
戦うことも逃げることもできず、命の危険を感じるような場面です。
先ほどのクマと遭遇した場面で、実際に攻撃を受けているような状況では背側迷走神経系が活性化してくれます。
この反応は、身体を「凍結」状態にし、離人症や解離症状を引き起こすことにあります。
この状態になると、自分の身体や感情から切り離されたように感じ、現実から離れた感覚を経験します。
たとえば、クマの爪で引っかかれている自分を外から眺めているような感覚です。
そして、別の人格が出てきて自分を守ってくれるようなことも起こります。
強制的に省エネモードになって、少しでも長く生き残ろうとする身体に切り替わるイメージです。
うつ症状は代表的な省エネモードということになります。
腹側迷走神経系と「社会交流システム」
一方、腹側迷走神経系は「社会交流システム」として機能します。
安全で落ち着いた環境でこのシステムは活性化し、コミュニケーションや社会的なつながりによって回復し、安心感を取り戻していきます。
穏やかな表情や声のトーン、優しい目の動きなど、非言語的なコミュニケーションが自律神経系の調節に大きく寄与します。
クマとの遭遇から解放され、友達と合流したときの人とのつながりを感じているようなイメージです。
トラウマケアの研修会で印象深かったフレーズに、「苦しんでいる人の表情を見ても真に癒されることはない」というものがありました。
たしかに、恨んでいる人に復讐したとしても心が晴れていかない、、、という感覚は分かる気がします。
トラウマケアへの応用
ポリヴェーガル理論をトラウマケアに応用することで、より効果的な支援が可能になります。
重要なことは、安全だと感じられる環境をつくることです。
ポリヴェーガル理論を活用したトラウマケアでは、これら三つの自律神経システムの働き方に焦点を当てることが重要です。
交感神経系と背側迷走神経系へのアプローチ
・安全な環境を提供しながら、身体感覚(自律神経レベル)に焦点を当てていくアプローチが有効です。
腹側迷走神経系の促進
・穏やかで温かみのあるコミュニケーションを通じて、安心できる人間関係を築き、自律神経系への協働調整をおこないます。
※ポリヴェーガル理論を活かした代表的なトラウマ療法↓
安全な環境のつくり方
いつも安全性に気を配り、それを安全だと感じてもらうことがトラウマケアの必須要件です。
個別にみると色々考えられますが、基本的には以下の4つの実践がおすすめです。
1,共感的なコミュニケーション
・自律神経系の過剰防衛反応による状態を推測しながらノーマライズすることで、自分の身体に起こっている反応が異常なものではないと理解してもらうこと。
2,選択肢とコントロール感の提供
・トラウマはコントロール不能な脅威だという前提に立ち、いつでも選べて操作可能になってもらうことで、安全であることを感じられるようにします。
3,安定した関係性の構築
・その時々の気分で決めるのではなく、一貫して穏やかな態度と姿勢で見捨てられ不安を軽減し、安全であることを感じられるようにします。
4.リソースとつながる
・リソースとは回復につながる資源のことです。回復させてくれる人、モノ、動物、自然などを探し、広げ、意識的につながることで、自分で自分を労わるようにします。
一歩ずつ進む
トラウマケアには即効性がありません。
とくに発達性トラウマの場合、虐待から生き延びてきたその歴史に敬意を払うべきです。
生き延びるための最善策だった防衛反応をすぐに変えることなどできません。
小さな一歩を重ねていくことが大切です。
これをタイトレーションといいます。
支援者と共に安全感を少しずつ築き上げ、自律神経系が正常に機能するようサポートしつづけることが、ポリヴェーガル理論を活かしたトラウマケアの鍵です。
まとめ
ポリヴェーガル理論はトラウマケアにおいて強力なツールとなり、新たな支援観を提供してくれるはずです。
理事・障害者事業部長
国家資格:公認心理師・精神保健福祉士・社会福祉士・介護福祉士
その他:TSM(トラウマセンシティブマインドフルネス)修了・SE™プラクティショナー初級修了・TFTパートナー・ChatGPTエジソン塾1期生・整理収納アドバイザー2級 など
『努力すること』と『環境に助けてもらうこと』のバランスを研究し、自分自身の最適化を目指して精進中