「ACE(逆境的小児期体験)」と「世代間トラウマ」の視点から、生きづらさの理由を読み解くブログ

私の父方の家族史から見えてきたこと

ACE(逆境的小児期体験「読み方:エース」)という言葉を知るまでは、生きづらさは本人のもつ性格や努力不足として語られるものだと思っていました。

けれど実際には、その背景に、もっと長い家族の歴史が横たわっているようです・・・

トラウマの勉強を進める過程で、父に家族の歴史をインタビューしてみました。

祖父(父の親)は、広島県呉市出身の帰還兵だったそうです。

戦後、心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDのような症状や貧困に苦しみ、次第にアルコールに溺れていったそうです。

戦時中、目の前で仲間が死ぬのを見て、翌日、その地に突撃する恐ろしさを乗り越えるために、兵士はみんな酒を飲んで心を麻痺させていたのだそうです。

そんな経緯もあり、帰還後もフラッシュバックで苦しくなると酒を飲んで乗り越える習慣が身に着いたようです。

そして、酒を飲むときだけ強気になる祖父。それに対抗する祖母の金切り声。でも、そんなおかしな状況を隠そうと、異常なほどに世間体を気にし、家庭の中のことは絶対に口にしてはいけなかったのだそうです。

そんな家庭の中で育った私の父は、子どもの頃、「自分のせいで喧嘩している。もっとイイ子にならないと・・・」と、親に迷惑をかけないことを何よりも優先し、ひとり感情を押し殺すのが得意になったとのこと。

私から見た父は、とてもおとなしい人でした。そんなわけで、私は小さい頃、父とあまり話しをした記憶がないんです・・・

父はこのインタビューで、「実は、子どもたちとどう接していいか分からなかった」と、正直に語ってくれました。

私の母方の家族史から見えてきたこと

そして、母にも家族の歴史をインタビューしてみました。母も広島県呉市の出身です。

母が小さい頃、誕生日に家族でお祝いしようと祖母(母の親)がケーキを用意してくれたのだそうです。

すると鬼のような形相をした祖父(母の父親)が怒鳴り込んできて、ケーキを床に叩きつけ、まだ小さい子どもの母を殴りつけたという衝撃のエピソードを聞きました。

祖父も帰還兵です。いま思えば、戦地で敵の兵士を殺した罪悪感に押しつぶされていたのかもしれません。または、仲間が戦死して、自分だけ生きて帰ってきたことへ罪の意識を感じていたのかもしれません。

そのシーンがフラッシュバックして、「幸せになってはいけない」という強烈な信念が沸き起こり、そのような行動の引き金になったのだと推測できます。

祖父は、原爆症(原爆が原因の白血病)で亡くなったそうですが、その瞬間、母は「心の底からホッとした」と、とても言いにくい心のうちを話してくれました。

母はどんな辛い日常を送っていたのでしょうか。そして、祖父もどんな辛い体験をしてきたのでしょうか。

 

実は、私にも幸せに対する罪悪感が受け継がれているようです。

たとえば、仕事の仲間が働いている時に、休んだり旅行に行くようなことに対して強い罪悪感を覚えます。

また、20代の頃にディズニーランドに行ったときのエピソードを思い出します。

幸せそうな人たちの雰囲気に包まれていると、吐き気がするような気持ち悪さに襲われたのです。少し休んでいると無性にイライラしてきて、急遽 帰宅したことがありました。

この時、感情を抑えきれなかった自分自身に「オレ、狂っているな・・・」と感じたことを鮮明に覚えています。

 

映画:「父と家族とわたしのこと」

私はこの先祖のいびつさを聞いて、傷つきが次の世代へと受け渡されていく流れが、上田家に当たり前に存在し、私にも当然のように引き継がれていることを理解しました。

そして日本人であれば、どの家庭にも当たり前に起こっている負の連鎖なのだと感じているのです。

ACEを考える時に大切なのは、「親が悪い」で話を終わらせないこと。

親もまた、さらに前の世代の傷つきや、戦争、貧困、孤立の影響を受けていたかもしれない。

そう考えると、いま家庭の中で起きていることは、性格の問題で片づけることではなく、時代や社会の影響も受けた連鎖としてとらえるものなのだと分かってきました。

ACE(逆境的小児期体験)は、まさにそうした連鎖の中で生まれるものです。

先日、「父と家族とわたしのこと」という戦争トラウマを扱った映画を観に行ってきました。

うちの両親や祖父母が直面せざるを得なかった壮絶な体験、そして自分にまで及んできている世代間トラウマの地続きをようやく理解し、深い部分での納得に至っています。

 

ACEとは何か?

ACEとは、18歳までに経験する逆境体験のことです。

アメリカ疾病対策センター(CDC)は、ACEを「子ども時代に起こる、心に傷を残しうる体験」と説明しています。

たとえば、虐待やネグレクトだけでなく、家庭内暴力、親の精神的不調、自殺を図った家族、家の中の慢性的な緊張なども含まれます。

こうした幼少期の体験は、子どもの安心感、安定感、人とのつながりの感覚を大きく揺るがします。

代表的な10項目を数えたものがACEスコアです。

点数が高いほど、成人後の心身の不調や生活上の困難の危険性は高くなることが知られています。ただし、ACEスコアは「苦しみの深さ」そのものを測るものではありません。

逆境がどれだけ重なっていたかを見える化する、一つの手がかりとなります。

成人用ACE質問票はこちら
※ ACES Aware公開の日本語版「逆境的小児期体験 質問票改訂版」

 

PCEという、もう一つの大事な視点

ただ、子ども時代を考えるうえで大切なのは、逆境体験だけではありません。

近年は、PCE(肯定的な小児期体験「読み方:ピース」) という視点も注目されています。

これは、安心できる大人がいた、自分を大切にしてくれる人がいた、家庭や学校や地域に居場所があった、といった体験です。

こうした体験は、ACEの影響を魔法のように消してくれるものではありません。けれど、その後のこころの健康や回復力を支える、大切な土台になりえます。

だからこそ、「何が傷だったのか」だけを見るのではなく、その人がどんな支えを持てたのか、あるいは持てなかったのか。そして、これからどんな支えを育てていけるのか。

その視点も同じくらい大切なのだと思います。

実は、母にもそんなPCEがあったようです。

母の祖母、つまり私から見れば曽祖母にあたる人は、優しくて器の大きな存在だったそうです。

母は一時期この曽祖母と暮らし、いつも温かなまなざしを向けてもらっていたと話してくれました。

その人は近所の困っている人にも自然に手を差し伸べるような人で、家庭の中だけでなく、地域にとっても大きな支えだったのだと思います。

母が基本的に優しい人でいられた背景には、こうしたPCEの存在もあったのではないか。私はそのように感じています。

ACEの深刻さを直視することは大切です。けれど同時に、PCEという視点を持つことで、人は傷だけでなく、支えによっても形づくられるのだと見えてきます。

 

PCEs(子ども期の肯定的体験)累積指標尺度
※国立成育医療研究センターによる案内ページはこちら

 

なぜ子ども時代の逆境が、大人になっても残るのか

子ども時代の逆境が大人になっても影響を残すのは、それが単なる「昔のつらい思い出」では終わらないからです。

慢性的な恐怖や緊張の中で育つと、脳や神経系は常に警戒することを覚えます。

・少しの刺激に過敏になる。
・人を信じにくくなる。
・感情を切ってしまう。
・身体が休まらない。

こうした反応は、性格の問題というよりも、生き延びるために身につけた適応と考えた方が自然です。

CDC(アメリカ疾病対策センター)も、ACEが脳の発達やストレス反応に影響し、成人後の慢性疾患、こころの不調、依存の問題と関係すると示しています。

つまり、生きづらさは「気の持ちよう」だけでは説明できないのです。

 

ACEは、心だけでなく身体にも現れる

ACEの重要な点は、その影響が「心だけ」にとどまらないことです。

無力で小さな子どもが、逃れることのできない状況下に長期間さらされ続けます。

すると、心も身体も、24時間/365日、安心して休まることができません。

その結果、コルチゾールと呼ばれるストレスホルモンが慢性的に分泌され続けるため、脳や身体に大きなダメージを与えていきます。

そして、大人になった今、慢性的な疲労や痛み、睡眠の乱れ、生活習慣病、心疾患、脳血管疾患、自己免疫系の不調などといった形で、身体の問題として現れてしまう可能性があります。

実は、母も自己免疫疾患の一つである原発性胆汁性肝硬変を患い、死の淵をさまよいました。

 

もちろん、病気の原因を一つに決めることはできません。厚生労働省の難病情報センターも、この病気の原因はまだ明確ではないとしています。

それでも私は、こうした身体の病気もまた、ACEや世代間トラウマの視点なしには十分に理解できないことがあると感じています。

 

脳にも、実際に器質的な変化が起こることがあると言われています。

脳もまた、身体の一部である「臓器」です。そのため、強いストレスに長期間さらされ続けると、ストレスホルモンの影響を受け、心だけでなく脳機能にも大きな負担がかかっていきます。

その結果として、認知機能の低下や感情コントロールの難しさ、注意・集中の問題などが現れることもあります。

中には、後天的に知的障害の様な症状がみられたり、神経発達症(発達障害)に似た特徴が現れたりするケースもあります。

近年、「生きづらさ」の背景として発達障害が注目されています。

もちろん、それ自体を否定するものではありません。

しかし一方で、「その特性は、本当に生まれつきのものなのか」「ACEや慢性的なトラウマ反応の影響はないのか」という視点も、支援や理解のうえでは非常に重要だと思います。

 

 

さらにACEは、自殺の危険とも強く結びついています。

CDCは、ACEが4つ以上ある人では、自殺未遂の危険性が大きく上がると報告しています。

また、ACEが6つ以上ある人は、0点の人と比べて平均で約20年早く亡くなるという報告もあります。

 

こうした事実を知ると、今抱えている心や身体の不調の背景には、子どもの頃の逆境体験、つまりACEが関係している可能性があることが見えてきます。

もちろん、すべてをACEだけで説明できるわけではありません。

しかし、「なぜこんなにも生きづらかったのか」「なぜ頑張っても苦しかったのか」を理解する、大切な手がかりになることがあります。

もしかしたらACEという視点は、あなた自身の『生きづらさ』の理由を知るための、一つの入り口になるかもしれません。

 

回復は、神経系の理解から始まる

では、どう回復を支えるのか。

わたしは、出来事を頭(考え方)だけで理解するのは難しいと考えています。

『身体はトラウマを記憶する』(べッセル・ヴァン・デア・コーク)と言われるように、幼少期から長く続いた警戒モードは、身体から少しずつ緩めていくという必要性にも目を向けてみる選択肢があります。

わたしは、ポリヴェーガル理論SE(ソマティック・エクスペリエンシング)の学びを土台に、身体の中に刻まれた強力なトラウマエネルギーと丁寧に寄り添う支援を大切にしたいと思っています。

また、扁桃体(脳内の危険センサー)の過剰反応を和らげ、安心を身体から学び直す場として、来年度から、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)の知見も活かした瞑想グループを立ち上げたいと考えています。

このマインドフルネスではメデューサ問題といって、目を閉じた動かない環境がフラッシュバックの誘発要因になることがあるため、トラウマに配慮された環境で実践されていくTSM(トラウマセンシティブマインドフルネス)も大切な視点になります。

ACEs Awareの臨床資料でも、睡眠、運動、栄養、マインドフルネス、こころの支援、健全な人間関係などが、有害なストレス反応を和らげる実践として紹介されています。

偽物からホンモノへ SEP(ソマテック・エクスペリエンシング・プラクティショナー)取得までの3年間

 

IJSセンターを立ち上げた理由

私は、この社会問題と真剣に向き合っていきたいと思い、2026年1月に「IJSセンター(生きづらさは自分のせいと思い込んでいる人のためのカウンセリング&心理検査センター」の略称)を立ち上げました。

生きづらさには、理由があります。

その理由は、本人の努力不足や性格の弱さだけではなく、家族の歴史や時代の傷つき、そして神経系に刻まれた適応の積み重なりの中にあるかもしれません。

 

もし、この記事を読んで、

「もしかしたら自分にも関係があることかもしれない」

そう感じた方がいらっしゃれば、よかったらIJSセンターのLPもご覧いただけたらと思います。

 

そして、もし社会福祉法人SHIPの活動にご賛同いただける方は、SHIPの求人情報をチェックしていただければ幸いです。

採用情報

 

参考資料・脚注

1,アメリカ疾病対策センター(CDC)「About Adverse Childhood Experiences」および「Vital Signs: Adverse Childhood Experiences」

2,CDC「About the CDC-Kaiser ACE Study」

3,ACEs Aware「成人用ACE質問票(英語版・日本語版)」および関連案内ページ

4,Brown DW et al. (2009) Adverse childhood experiences and the risk of premature mortality

5,アメリカ国立糖尿病・消化器・腎疾患研究所(NIDDK)「Primary Biliary Cholangitis: Definition & Facts」

6,ACEs Aware「ACE Clinical Workflows, Algorithms, and ACE-Associated Health Conditions」