「ACE(逆境的小児期体験)」と「世代間トラウマ」の視点から、生きづらさの理由を読み解くブログ
私の家族の歴史から見えてきたこと
ACE(逆境的小児期体験「読み方:エース」)という言葉を知るまでは、生きづらさは本人の性格や努力不足として語られるものだと思っていました。
けれど実際には、その背景に、もっと長い家族の歴史が横たわっているようです・・・
私の祖父は、広島県呉市出身の帰還兵でした。戦後、心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDのような症状や貧困に苦しみ、次第にアルコールに溺れていったそうです。
酒を飲んでいる時だけ強気になる祖父。対抗する祖母の金切り声。でも、そんなおかしな状況を隠そうとしている両親。
その中で、子どもだった私の父は、「自分のせいで喧嘩している。もっとイイ子にならないと・・・」と、誰にも頼らず、子どもながらに、ひとり感情を押し殺すのが得意になっていったのだそうです。
私はこの家族のいびつさに、傷つきが次の世代へと受け渡されていく流れが、日本には当たり前にあると感じています。
ACEを考える時に大切なのは、「親が悪い」で話を終わらせないこと。
親もまた、さらに前の世代の傷つきや、戦争、貧困、孤立の影響を受けていたかもしれない。そう考えると、家庭の中で起きていることは、個人の性格の問題ではなく、時代や社会の影響も受けた連鎖として捉えられます。
ACEは、まさにそうした連鎖の中で生まれることがあるのだと思います。そして、くり返しになりますが、日本にはその連鎖による生きづらさを抱えている人がとても多く存在していると感じています。

ACEとは何か?
ACEとは、18歳までに経験する逆境体験のことです。
アメリカ疾病対策センター(CDC)は、ACEを「子ども時代に起こる、心に傷を残しうる体験」と説明しています。
たとえば、虐待やネグレクトだけでなく、家庭内暴力、親の精神的不調、自殺を図った家族、家の中の慢性的な緊張なども含まれます。こうした幼少期の体験は、子どもの安心感、安定感、人とのつながりの感覚を大きく揺るがします。
代表的な10項目を数えたものがACEスコアです。点数が高いほど、成人後の心身の不調や生活上の困難の危険性は高くなることが知られています。ただし、ACEスコアは「苦しみの深さ」そのものを測るものではありません。
逆境がどれだけ重なっていたかを見える化する、一つの手がかりです。
成人用ACE質問票はこちら
※ ACES Aware公開の日本語版「逆境的小児期体験 質問票改訂版」
PCEという、もう一つの大事な視点
ただ、子ども時代を考えるうえで大切なのは、逆境体験だけではありません。近年は、PCE(肯定的な小児期体験「読み方:ピース」)という視点も注目されています。
これは、安心できる大人がいた、自分を大切にしてくれる人がいた、家庭や学校や地域に居場所があった、といった体験です。
こうした体験は、ACEの影響を打ち消す魔法のようなものではありませんが、こころの健康や回復力を支える大事な要素になりえると言われています。
だからこそ、「何が傷だったか」を見るだけでなく、その人がどんな支えを持てたのか、あるいは持てなかったのか、そしてこれからどんな支えを育てていけるのか、という視点も同じくらい大切なのだと思います。
PCEs(子ども期の肯定的体験)累積指標尺度
※国立成育医療研究センターによる案内ページはこちら

なぜ子ども時代の逆境が、大人になっても残るのか
子ども時代の逆境が大人になっても影響を残すのは、それが単なる「昔のつらい思い出」では終わらないからです。
慢性的な恐怖や緊張の中で育つと、脳や神経系は「常に警戒すること」を覚えます。
少しの刺激に過敏になる、人を信じにくい、感情を切ってしまう、身体が休まらない。
こうした反応は、性格の問題というより、生き延びるために身につけた適応と考えた方が自然です。
CDCも、ACEが脳の発達やストレス反応に影響し、成人後の慢性疾患、こころの不調、依存症関連の問題とも関係すると示しています。
ACEは、心だけでなく身体にも現れる
ACEの重要な点は、その影響が心だけにとどまらないことです。
慢性的な疲労や痛み、睡眠の乱れ、生活習慣病、心疾患、脳血管疾患、自己免疫系の不調など、身体の問題として現れることもあります。CDCは、ACEが慢性の健康問題や精神疾患、物質使用の問題と関連するとまとめています。
実は、私の母にも、帰還兵だった祖父のトラウマの影響を受けた生育歴があり、のちに「原発性胆汁性胆管炎」を患いました。これは以前、「原発性胆汁性肝硬変」と呼ばれていた自己免疫疾患です。
もちろん、病気の原因を一つに決めることはできませんが、こうした身体の病気もまた、ACEの視点なしには十分に理解できないことがあると感じています。
また、ACEは自殺の危険とも強く結びついています。CDCは、ACEが4つ以上ある人では、自殺未遂の経験の危険が大きく上がると報告しています。
さらに、ACEが6つ以上ある人は、0点の人と比べて平均で約20年早く亡くなるという報告もあります。
平均死亡年齢は、ACEスコア6点以上の人は『60.6歳』、0点の人は『79.1歳』とのこと。

回復は、神経系の理解から始まる
では、どう回復を支えるのか。
出来事を頭(考え方)だけで理解するのは難しいと考えています。
『身体はトラウマを記憶する』と言われるように、幼少期から長く続いた警戒モードは、身体から少しずつ緩めていくという必要性にも目を向けてみる選択肢があるのです。
私は、ポリヴェーガル理論やSE(ソマティック・エクスペリエンシング)の学びを土台に、身体の中に刻まれた強力なトラウマのエネルギーと丁寧に寄り添う支援を大切にしたいと思っています。
また、扁桃体(脳内の危険センサー)の過剰反応を和らげ、安心を身体から学び直す場として、来年度から、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)の知見も活かした瞑想グループを立ち上げたいと考えています。
このマインドフルネスではメデューサ問題といって、目を閉じた動かない環境がフラッシュバックの誘発要因になることがあるため、トラウマに配慮された環境で実践されていくTSM(トラウマセンシティブマインドフルネス)も大切な視点になります。
ACEs Awareの臨床資料でも、睡眠、運動、栄養、マインドフルネス、こころの支援、健全な人間関係などが、有害なストレス反応を和らげる実践として紹介されています。
ACEは、個人の弱さではなく社会の問題でもある
ACEは、家庭の中だけで完結する問題ではありません。
戦争、貧困、孤立、未治療の精神的不調、依存症への支援不足、そして「家のことは外に言ってはいけない」という空気。そうした社会に存在する無言の条件が、家庭の中の苦しみを深め、次の世代へと負の連鎖を引き渡してしまいます。
CDCも、ACEは個人や家庭だけの問題ではなく、関係性、地域、社会の要因が重なって生じると示しています。
見えている行動の奥に、見えていない歴史がある。
ACEという視点は、そのことを教えてくれているような気がします。
問題行動だと責めるのではなく、その人の歴史を理解するために。
そして、世代間に続いている負の連鎖を止め、新たな回復の道を支えるために。
このような視点は、これからの障害福祉業界の支援にとって、とても大切なものだと私は考えます。
この社会問題と真剣に向き合っていきたいと思っています。
参考資料・脚注
2,CDC「About the CDC-Kaiser ACE Study」
3,ACEs Aware「成人用ACE質問票(英語版・日本語版)」および関連案内ページ
4,Brown DW et al. (2009) Adverse childhood experiences and the risk of premature mortality
5,アメリカ国立糖尿病・消化器・腎疾患研究所(NIDDK)「Primary Biliary Cholangitis: Definition & Facts」
6,ACEs Aware「ACE Clinical Workflows, Algorithms, and ACE-Associated Health Conditions」

国家資格:公認心理師・精神保健福祉士・社会福祉士・介護福祉士
その他:SE™プラクティショナー(トラウマ療法)/USPTベーシックレベル/ TFT初級アルゴリズム/TSM(トラウマセンシティブマインドフルネス)修了 /現在、MBSR(マインドフルネスストレス低減法)講師養成トレーニング受講中
