トラウマと向き合う新たな方法:身体志向アプローチの可能性

語るだけでは癒えないトラウマがある

トラウマは、単に「過去の嫌な記憶」ではありません。

それは、身体の奥深くに記録され、現在の私たちの反応や行動に影響を及ぼし続ける、神経生理学的な現象です。

従来のトラウマケアは、語ることで体験を整理し、意味づけによって回復を促すトップダウン型の心理療法が主流でした。実際、単回性のトラウマ(事故や災害など)においては、認知処理療法(CPT)やPE、EMDRなどが有効であることが、数多くの研究で示されています。

一方、発達期に繰り返されたストレス体験や愛着の喪失、慢性的な家庭内不和などから生じる発達性トラウマ/複雑性PTSDにおいては、言語的処理だけでは回復が困難であるという課題が指摘されるようになりました。

 

科学的背景

van der Kolk(2014) によれば、トラウマの影響は脳のブローカ野(言語領域)を抑制し、扁桃体や脳幹の反応を優位にすることが示されており、過去の記憶は「ことばで語れない感覚」として残存することが多いとされます。

また、Stephen Porges のポリヴェーガル理論は、社会的つながり・防衛反応・凍結といった自律神経の階層的反応が、トラウマ症状の生理的基盤にあることを示しています。

これらの理論的背景を踏まえると、トラウマの回復には、身体から安全を回復し、自律神経の働きを調整するアプローチが不可欠であることがわかります。

 

ソマティック・エクスペリエンシング(SE™)とは?

ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing, 以下、SE™)は、生理学者ピーター・ラヴィーン博士によって開発された、神経系の回復力を回復させる身体志向の心理療法です。

ラヴィーン博士は、動物が捕食から逃れたあと、ブルブルと震えたり、呼吸を整えるなどの動作によって、身体に溜まったストレスエネルギーを放出していることに着目しました。

人間にも同様の神経生理的メカニズムが備わっているはずですが、文化的・社会的な制約によってそれが妨げられているようです。

SE™は、このようにして凍りつきの状態に留まり続けた自律神経系を、再び動き出させ、蓄積されたストレスエネルギーを解放させることで、トラウマによる神経系の過覚醒やシャットダウンの状態を抜け出し、調和のとれた神経状態を取り戻すことを目指します。

 

「未完了の防衛反応」とは?

トラウマ体験時、人間は本能的に闘争(fight)か逃走(flight)を選ぼうとします。しかし、それが叶わず凍結(freeze)せざるを得なかったとき、その身体的反応は未完了のまま、神経系に固定化されてしまいます。

SEでは、このような凍結された防衛反応を、現在の安全な環境下で少しずつ身体の動きや感覚を通じて再体験し、完了させることを重視します。それにより、過剰に蓄積された生理的エネルギーが解放され、結果として心身の調整力(レジリエンス)が回復していくのです。

 

SE™の3つの基本技法|安全性と自己調整を支えるメカニズム

以下に紹介する正式名称はやや堅めですが、私は内心でこっそり「ションション療法」と呼んでいます(すべてションで終わるので…)

冗談はさておき、以下はSEの基盤をなす極めて重要なプロセスです。

 

① ペンデュレーション(Pendulation)

トラウマ的感覚とリソース(安心)の感覚を交互に行き来するプロセス。

脳と神経系は、感情的な刺激を処理しながら、同時に安心を感じることができるときに、自己調整能力を回復しやすくなります。SE™では、トラウマ記憶に少し触れたあと、必ずポジティブな感覚や中立的な感覚に戻ることで、神経系が圧倒されないようにします。

これは、交感神経の活性化(戦う/逃げる)と副交感神経の活性化(休息/安全)のバランスを学び直すトレーニングでもあります。

 

② タイトレーション(Titration)

刺激や記憶を“一滴ずつ”扱うように、非常に小さな単位で身体感覚にアクセスする方法。

トラウマに触れすぎると、過剰な覚醒や解離を招きます。逆に触れなさすぎても回復が進みません。SEは、その間にある**“ちょうどよい刺激の強さ”**を見極め、神経系が耐えられる範囲で処理を進めます。

特に、リソース(安心できる感覚)と急につながることも、トラウマ記憶を反動的に引き起こす可能性があるため、ポジティブな刺激ですら慎重に扱う必要があります。

 

③ オリエンテーション(Orientation)

「いま・ここ」の環境を、五感を通じて確認する行動。

視覚、聴覚、触覚などを使って現在の安全な環境を探索することで、神経系に“もう危険は去った”ことを知らせるのが目的です。
このプロセスは、迷走神経背側系によるフリーズ状態から脱する最初の一歩ともなります。

「今ここ」に意識を戻す作業は、言葉にすると簡単ですが、トラウマを抱えた人にとっては非常に繊細なプロセスであることを忘れてはいけません。

 

うまくいかない支援に悩むあなたへ

支援の仕事に真剣に向き合えば向き合うほど、
「自分の関わり方はこれでいいのだろうか」
「どうしてこの人には届かないのか」
そんな葛藤に直面することがあります。

けれど、もしかするとそれは、あなたの力が足りないわけではなく、そもそもアプローチの“入口”が違っていたのかもしれません。

語らせようとしても語れない。
安心させようとしても届かない。
そんなときこそ、“身体の感覚から安全を育てていく”という新しい支援のかたち――SEのようなボトムアップの視点が力を発揮します。

今、私自身もこの視点を学び直している最中です。
まだ道半ばですが、確かな手応えを感じています。

だからこそ、支援に迷いを感じている方にこそ、こう伝えたいのです。

「うまくいかない」の奥には、
実は**“まだ知られていない回復の道”**が、隠れていることがある。

そんなション的な支援の可能性を、一緒に探っていきませんか?