「アピール」という言葉に違和感を覚えたとき、支援は変わりはじめる

福祉の仕事を始めてしばらくの頃、私はある利用者様の行動を「アピール行動」と呼んでいました。

泣き叫ぶ、転倒するふりをする、職員にまとわりつく・・・

そんな行動に、心を揺さぶられないよう、巻き込まれないようにと、自分に言い聞かせるため使っている言葉でもありました。

 

一生懸命に支援を考える人ほど、相手の訴えに引っ張られてしまう、感情を揺さぶられる、そんな経験をしてきた方も多いのではないでしょうか。

「アピール」という言葉は、そんな私たち自身を守るための言葉でもあったのだと思います。

 

でも、トラウマについて学び始めてから、私はこの言葉に違和感を持ち始めました。

とくに、発達性トラウマ(子ども時代に安心して助けを求めることができなかった経験)を抱える人たちが、「助けて」と言えなかった歴史の中で、どれだけの想いを抱えながら「最後の手段」として、生き残るためにこうした行動に頼らざるを得なかったのかを知ったからです。

私たちは、そのとき、彼らの「人生最後の防衛ライン」に触れているのかもしれません。

 

実は、わたし達も無意識に「広義のアピール」をしている

たとえば、自分の気持ちをうまく伝えられないとき、ため息をついたり、舌打ちしたり、無意識にアピール行動をしています。

また、ストレスが溜まると、お酒を飲みすぎたり、散財をしたり、SNSで他人を攻撃するような投稿をしてしまったり。

そんな行動をしたとき、「大丈夫?」と声をかけてもらったこと、ありませんか?

これらは、自分でも気づかないうちに助けを求めている「広義のアピール行動」なのかもしれません。

 

分かってほしい。でも、うまく言えない。

どうせ分かってもらえない。

 

そんな複雑な思いが滲み出ているのです。

そして、もしその行動を他人から「アピールでしょ」と言われたら・・・

どう感じるでしょうか?

きっと、何かを否定されたような、ちょっと突き放されたような、そんなツラい気持ちになるのではないでしょうか。

 

違和感は、変化の入口になる

私はこの違和感を無視できませんでした。

そして、大事な気づきを得ました。

「この人、アピールしてるな」ではなく、「この人、何かを伝えようとしてるんだな」と見方を変えてみるだけで、自分の気持ちも、関わり方も、大きく変わることに。

 

この変化は、“巻き込まれることなく、利用者様と共にいる” ための新しい支援の引き出しにもなりました。

誰かの苦しみをすべて背負う必要はありません。

でも、その苦しみに意味を見つけようとすることは、私たちの支援に希望をもたらしてくれるはずです。

 

言葉を変えれば、見え方も変わってくる

「アピール行動」という言葉を別の視点で捉え直すと、見えてくる景色が変わってきます。

以下は、支援の現場で推奨する言い換え言葉の一例です。

 

アピールという言葉の「代わりに使える言葉」

関係構築行動」:つながろうとする試み

「援助希求行動」:助けを求めるサイン

「存在サイン行動」:自分がここにいると知らせる行動

「感情漏洩行動」:抑えきれない感情の噴出

「コミュニケーションサイン」:言葉以外のメッセージ

「間違った社会交流」:学習されなかった関わり方

「関心の種まき行動」:注目を集めようとする不器用な工夫

 

わたし達が「アピール」として片付けている行動を、上記のような言葉に変えて伝え合ってみると、チーム支援に何か違った変化を生み出せるのではないでしょうか?

 

支援者同士のやりとりも、言葉選びで変わる

支援者の言葉が変わると、報告を受けるチームの心の動きも変わってきます。

そこに責めるようなニュアンスがなければ、自然と共感的な支援が生まれるはずです。

ここからは、少し視点を変えて、自分たちの日頃の報告の仕方を変えていくイメージをしていきたいと思います。

 

◆ 行動例①:突然床に倒れ込む・横たわる

従来の報告:
○○さんが、突然床に倒れてアピールして、職員の注意を引こうとしていました。下手に取り合うと、アピールが増えるので気を付けてください。

言い換えによる報告:
○○さんには、援助希求行動としての床への倒れ込みが見られました。不安や心細さが高まったサインとも考えられるので、今後は倒れる前の状況を特定していきませんか。

◆ 行動例②:職員に何度も「ねえ、ねえ」と話しかける

従来の報告:
○○さんが、職員の気を引くためにしつこく話しかけてきてアピールが強いです。

言い換えによる報告:
○○さんには、関心の種まき行動としての職員への接触が繰り返されていました。おそらく、つながりを求める気持ちが強まっていたと考えられるので、求めて来たときには対応するべきですし、その積み重ねで基本的信頼を少しずつ育てていく関わりが今は必要なんだと感じています。

◆ 行動例③:作業を途中でやめて泣き出す

従来の報告:
○○さんは、作業中に泣き出して、その後の作業をやりたくないことをアピールしていました。

言い換えによる報告:
○○さんには、感情漏洩行動としての涙が見られました。過剰なストレスやフラッシュバックを背景とした防衛反応とも考えられるので、ノーマライズされた言葉かけや協働調整の対応が求められます。

◆ 行動例④:自傷行動(リストカット)

従来の報告:
○○さんは、自分の腕の傷跡を見せたり、リストカットをほのめかすような発言をして、かまってもらおうとアピールしてきました。

言い換えによる報告:
○○さんには、コミュニケーションサインとしての自傷行動が見られました。一般的に自傷は苦しみが限界に達した際の対処法であるため、自傷するほど苦しい状態であることに理解を示したり、リストカットの代替行動を一緒に考えていくことが有効だと思います。

◆ 行動例⑤:職員の動きをじっと見つめ続ける

従来の報告:
○○さんは、職員を監視するようにじっと見つめてアピールしていました。

言い換えによる報告:
○○さんには、存在サイン行動としての視線の向け方が見られました。アイドルタイムに何をしていいかが分からず職員に確認したかった可能性があるので、事前に次を知らせるスケジュールの提供が必要になると考えます。

 

違和感から始まる「トラウマインフォームドケア」の視点

「アピールって言い方、なんだか引っかかるな」

その感覚は、きっと間違っていません。

それはきっと、行動には “意味がある” と信じる気持ちから生まれた違和感だからです。

 

支援者として、一人ひとりの行動の奥にある「助けて」に耳を傾けていきたいです。

私たちを疲弊させることもあるけれど、同時に私たちに支援の原点を思い出させてくれるはずです。

 

だからこそ、その違和感を手放さずにいきましょう。

そして一緒に、トラウマインフォームドケアの視点で支援を育てていきましょう。

言葉選びから、きっと関係が変わるはずです。